あとがき

□あとがき□

 だいぶ以前の話になるが、GNU C コンパイラのバージョン 1.3 のソース・コード 1/2 インチ・オープン・テープを抱えて Richard が勤務先の会社にやって来たことを思い出す。ちょっと拙い英語で自己紹介したが、特に返答はなく、非常に気難しそうな人だなあ、というのが第一印象であった。「Sun-3 と VAX で動作しているものだが、プレαであることを念頭において使ったり、あるいは配布してね」と言われた。

 当時、Unix のバイナリ・リリースが発売されたために、Unix のソース・コード・ライセンスを持っているサイトの人間にとっては、これから話そうとする内容がソース・コード・ライセンスに抵触する内容か、あるいは話を聞いている人がソース・コード・ライセンスを持っているサイトなのかどうか、といったことを判断しながら話をしなければならない時代がやってきて、日頃から不満に思っていた。コピー・フリーを保証する GNU ソフトウェアはそのような不満を一掃してくれた。GNU ソース・コードの品質の良さに加えて、ユーザからの寄与を歓迎し、読みやすいソース・コードと正確な移植、ターゲット・マシンを変更するためのマニュアルが整備されていたので、「ではひとつ GNU ソフトウェアの品質向上に協力しよう」という気になって始めた。

 一年間ほど GNU C コンパイラの移植とテストに協力し、その結果が次の GNU C コンパイラに反映される、というときに、Richard から電子メールがあった。「あなたの修正コードや移植コードを挿入したいが、何かそれについての条件はあるか ?」という質問であった。私は、単に「ドキュメントの隅にでも協力してくれた人の名前の中に私の名前を入れてくれればそれだけでいいよ」と答えた。それまでの作業が報われる気がしたからである (最新の GNU C コンパイラのマニュアルにも載っている)。

 さて、本書を読んだ方々は今、どのような感想をお持ちであろうか ? GNU ソフトウェアに内在している (6 年前に感じたような) 情熱のようなものを感じとってもらえただろうか ?

 Richard に最初に出会ってから 6 年経つが、1992 年の 12 月に彼も 6 年ぶりに来日した。多くのおもしろい話が聞けた (それをどこかでいつか披露したいと思っている)。

 一方、潜在的な問題を抱えているとはいうものの対岸の火と思われていた日本でも、Unix の世界でソフトウェア特許がゆえに問題を抱えざるを得ない人が現れ始めた。それは音のファイルをメールに載せる技術で、1981 年に特許が成立したようである。創造的な技術として特許に値するものだろうか ? 特許としてこういった技術を認めるべきなのであろうか ? 本書を読んで何らかの問題意識を抱いていただければ幸いである。

 こういったことに惑わされないで自分のアイデアを現実化するために、本当に自由にプログラミングをしたいものである。プログラミング自由連盟の活動項目がなくなる世の中がやって来るのを希望している。

 そのために、この本に触発されて GNU ソフトウェアのユーザが 1 人でも増えれば、あるいはさらにプロジェクト GNU への寄与が増え、併せてソフトウェアに内在している危険性をも認識していただければ、本書をまとめた甲斐がある。さらに、興味のある人と情報を「共有」できれば幸いである。フリー・ソフトウェアの精神を生かして。

 やり残しの作業がたくさんある。プロジェクト GNU のメンバの声 (と写真) も入れたかったし、GNU 一般公有使用許諾の最新版の日本語訳も是非載せたかったが、間に合わなかったのが心残りであったことを付記しておく。

 最後まで読んでいただきましてどうもありがとうございます。

編著者一同

編著者紹介

引地 信之---豊橋技術科学大学 情報工学修了。現在、ソフトウェア・ハウスに勤務。 開発環境、特に言語処理系と CPU アーキテクチャの研究開発に従事。

 以前は「コピー・フリー」のプログラムに関する仕事に従事したいと考えていた。自由にソフトウェアを作成して共有世界を実現し、さらに広げられないだろうかと、そのための活動を時々行なっている。オブジェクト指向言語、ライブラリ、言語環境を新しい GNU ソフトウェアの 1 つとして提供するという夢を抱いて試行錯誤を繰り返している今日この頃である。

引地 美恵子---現在、ソフトウェア・ハウスに勤務。商品化対象のソフトウェア・ドキュメント制作を担当。

 時々、押し寄せる山積みの英日原稿のチェックに追われる。一方、GNU ソフトウェアに対する日本の寄与をさらに増大させるための方策を日夜探る。GNU ソフトウェアとの出会いは GNU Emacs バージョン 17 のマニュアルであった。当時の GNU Emacs はプログラム開発者以外はとうてい使えない (その頃のマシン環境と比較して) 重いもので、軽い vi と roff(とちょっとした make) をもっぱら駆使していた。ボストンでの作業から、Emacs(Nemacs も) と TeX(jTeX も) に (英語圏では、これらしか使えないし、これら以外を使うと当時の東海岸の慣習から馬鹿にされるので) 宗旨替えし、現在に至っている。先日行なわれた文化祭 (「東京 GNU テクニカル・セミナー」のこと) の準備で忙しかったが、GNU コミュニティの中で充実した日々を送ることができた。

□初出一覧□

第 1 部「Think GNU」連載

第 1 回 A Happy GNU Year !(CUJJ#5/ '90.2.18 発売号掲載)

第 2 回 1990 ワシントン USENIX 編 (CUJJ#6/ '90.3.18 発売号掲載)

第 3 回 ボストン編 (CUJJ#7/ '90.4.18 発売号掲載)

第 4 回 GNU 史探訪 (1) と GNU コーディング規則 (CUJJ#8/ '90.5.18 発売号掲載)

第 5 回 GNU 史探訪 (2) と Emacs の周辺 (CUJJ#9/ '90.6.18 発売号掲載)

第 6 回 カスタマイズのしやすさと圧縮プログラム (CUJJ#10/ '90.7.18 発売号掲載)

第 7 回 アナハイム USENIX 編 (CUJJ#11/ '90.8.18 発売号掲載)

第 8 回 続・アナハイム USENIX 編 (CUJJ#12/ '90.9.18 発売号掲載)

第 9 回 プリンタとフォント (CJ No.1/ '90.11.18 発売号掲載)

第 10 回 開発中の GNU ソフトウェア (CJ No.2/ '90.12.18 発売号掲載)

第 11 回 gcc の生成コードの調査 (CJ No.3/ '91.1.18 発売号掲載)

第 12 回 近未来のパーソナル・コンピュータ (CJ No.4/ '91.2.18 発売号掲載)

第 13 回 番外・ダラス USENIX 編 (CJ No.5/ '91.3.18 発売号掲載)

第 2 部 GNU ソフトウェアの関連記事

第 3 部プログラミング自由連盟の関連論文と記事

付 録

GNU ライセンス

 原文 GNU GENERAL PUBLIC LICENSE Version 2

     GNU LIBRARY GENERAL PUBLIC LICENSE Version 2

 著者 Free Software Foundation

 原文 GNU GENERAL PUBLIC LICENSE Version 1

 著者 Free Software Foundation

 翻訳原文 「GNU ダイジェスト」


奥付

Think GNU (シンク グヌー)

--プロジェクト GNU 日記とソフトウェアの憂鬱--

編著者 引地 信之・引地 美恵子

1993 年 2 月 5 日 初版第 1 刷発行

定価 表紙に表示

発行者 中村 満

発行所 株式会社ビレッジセンター出版局

〒182 東京都調布市富士見町 2-2-12

TEL 0424-88-9503 FAX 0424-88-3206

印刷所 広研印刷株式会社

(c) 1992 引地信之・引地美恵子

* ただし、個々の論文などにおいて、著者名の表示があるものについてはその著者に copyright があります。本書は copyleft に則り、それぞれの著作権表示とこのこの告知を全ての写しに載せており、しかも何ら変更を加えていない場合にのみ、あらゆる媒体への写しの配布を許可します。修正を加えてはなりません。

Printed in Japan
ISBN4-938704-10-2